東京地方裁判所 昭和40年(ワ)3191号 判決 1968年1月30日
原告 松尾昭二郎
<ほか四名>
右五名訴訟代理人弁護士 権逸
右訴訟復代理人弁護士 田中耕輔
被告 株式会社 東海銀行
右代表者代表取締役 金子嘉徳
右訴訟代理人弁護士 福井盛太
同 飯塚信夫
被告 株式会社 平和相互銀行
右代表者代表取締役 小宮山英蔵
右訴訟代理人弁護士 小林宏也
右訴訟復代理人弁護士 永井律好
主文
原告五名の各請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告五名の負担とする。
事実
原告五名訴訟代理人は、
「被告株式会社平和相互銀行は原告松尾昭二郎、同大原弘、同安田祥一、同石寿星に対しそれぞれ金百万円及びこれに対する昭和四〇年三月二八日以降完済まで年六分の割合による金員を支払うべし
被告株式会社東海銀行は原告水谷久子、同安田祥一、同石寿星に対しそれぞれ金百万円及びこれに対する昭和四〇年三月二八日以降完済まで年六分の割合による金員を支払うべし訴訟費用は被告等の負担とす」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、
「一、訴外中部観光株式会社(以下訴外会社という)は別表第一記載のとおり七通の約束手形(以下本件約束手形という)を振出し、原告等はその各所持人であるところ各満期に支払場所に呈示してその支払を求めたところこれを拒絶された。そこで原告等は東京簡易裁判所に訴外会社を相手方として和解の申立をなし原告等と訴外会社との間に昭和四〇年一月三〇日、及び同年二月一〇日の二回に亘って別表第二、第三記載のとおり和解が成立した。
二、一方、訴外会社は本件約束手形の支払を拒絶したことによる不渡処分を免れるため社団法人東京銀行協会に提供する目的をもって本件約束手形の額面に相当する金員を本件約束手形の支払銀行に預託すべく、被告株式会社東海銀行に金三〇〇万円を、被告株式会社平和相互銀行に金四〇〇万円をそのころそれぞれ預託した。
三、ところで訴外会社は前記和解に基づく債務を任意に履行しない。そこで原告等は右和解調書の執行力ある正本に基ずき名古屋地方裁判所に、原告等を執行債権者、訴外会社を執行債務者、被告等を第三債務者として、訴外会社の被告等に対する前記預託金返還請求権のうち各原告がそれぞれ所持人となっている本件約束手形の分についての預託金返還請求権、即ち原告松尾昭二郎、同大原弘、同安田祥一、同石寿星について被告株式会社平和相互銀行に対する各金一〇〇万円宛の返還請求権及び被告水谷久子、同安田祥一、同石寿星について被告株式会社東海銀行に対する各金一〇〇万円宛の返還請求権の差押並びに転付命令を申請し、同裁判所は原告等の申請を認容しその債権差押命令及び取立命令は昭和四〇年三月二七日被告等に送達された。
四、しかるところ、被告等は右取立命令にかかわらず任意の支払をしないのでその支払を求めるため本訴請求に及ぶ。」
旨陳述し、被告等の抗弁に対し、
「被告等が、訴外会社に対して被告等主張のような債権を有し且つ訴外会社との間に被告等主張のような相殺契約を締結していたことは知らない。被告等がその主張のような相殺の意思表示をなしたことはこれを否認する。」
旨陳述し、再抗弁として、
「一、そもそも本件預託金返還請求権の性質上被告等主張の相殺は許されない。即ち、本件預託金は訴外会社が本件約束手形の支払を拒絶したことによる手形不渡処分を免れるため東京銀行協会に預託した預託金であり従って被告等は将来本件約束手形の所持人に支払うために東京銀行協会から保管を委託されているという実質関係にある。果して然らば本件約束手形の満期には当然所持人に支払わねばならないものが紛争があるため支払わずにいたにすぎない。
これらの事情を綜合して考慮すれば、かかる債権を受働債権として相殺をなすことは不当且つ許されないといわねばならない。
二、右の再抗弁にして理由なしとするも被告株式会社平和相互銀行についてはつぎの理由により同被告の主張する相殺の抗弁は成立しない。即ち、原告等は本件約束手形の支払を拒絶された後直ちに訴外会社の有する本件預託金返還請求権に対し本件約束手形金請求権を被保全債権として東京地方裁判所に仮差押命令を申請し、同裁判所は原告等の申請を認容しその仮差押命令は被告株式会社平和相互銀行に対し原告松尾昭二郎、同大原弘、同安田祥一を仮差押債権者とする分については昭和三九年七月二二日ごろ、原告石寿星を仮差押債権者とする分については同月二三日ごろ送達された。本件差押及び転付命令は右仮差押の本執行にあたるものである。而して本件相殺における受働債権たる本件預託金返還請求権の弁済期は、預託の原因となった支払拒絶のなされた約束手形の満期であると解すべく、原告松尾昭二郎、同安田祥一の所持する約束手形については昭和三九年七月一〇日、原告大原弘、同石寿星の所持する約束手形については同月一五日であり、他方自働債権たる被告株式会社平和相互銀行の訴外会社に対する債権の弁済期は同被告の主張によれば昭和三九年七月二二日である。即ち自働債権の弁済期は受働債権の弁済期の後に到来することとなり昭和三九年一二月二三日の最高裁判所大法廷の判決の趣旨に従い、相殺は許されない。」
旨陳述し(た。)
立証≪省略≫
被告株式会社東海銀行訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として
「原告水谷、同安田、同石の被告株式会社東海銀行に対する請求原因は、右原告三名と訴外会社との間に右原告三名主張のような和解が成立したとの点を除いてこれを認める、右和解成立の事実は知らない。」
旨陳述し、抗弁として、
「被告株式会社東海銀行は額面金九百八十万円、支払期日昭和三九年六月三〇日、支払地振出地とも名古屋市、支払場所株式会社東海銀行本店営業部、振出人中部観光株式会社、名宛人株式会社東海銀行なる約束手形の所持人にして訴外会社に対し右約束手形金九百八十万円の債権を有する。一方、本件預託金返還請求権については昭和三九年八月三日東京銀行協会の東京手形交換所から本件異議申立提供金が被告株式会社東海銀行に返還された結果同日その弁済期が到来した。被告株式会社東海銀行は昭和三九年一一月一〇日訴外会社に対し右約束手形金九百八十万円と本件預託金三百万円の返還請求権とを対当額において相殺する旨書面をもって意思表示をなし右書面は同月一二日訴外会社に到達した。かくて本件預託金三百万円の返還請求権は相殺によって消滅したものであり原告三名の本件請求権には応じられない。」
旨陳述し、原告三名の再抗弁に対し、
「本件預託金返還請求権は被告株式会社東海銀行の訴外会社に対して有する前記約束手形金債権と同種のものであり、且つ又本件預託金は本件約束手形金の支払に充当されるためになされたものでもなく相殺を禁止される何等の理由もない。原告三名の再抗弁はその理由がない。」
旨陳述し(た。)
立証≪省略≫
被告株式会社平和相互銀行訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、
「原告松尾、同大原、同安田、同石の被告株式会社平和相互銀行に対する請求原因は、右原告四名と訴外会社との間に右原告四名主張のような和解が成立したとの点を除いてこれを認める、右和解成立の事実は知らない。」
旨陳述し、抗弁として、
「被告株式会社平和相互銀行は昭和三六年一〇月三一日及び昭和三九年四月二日付相互銀行取引約定書に基ずき訴外会社との間に、訴外会社に対し他から仮差押、仮処分の申請がなされたときは訴外会社は被告株式会社平和相互銀行に対する一切の債務につき当然期限の利益を失い被告株式会社平和相互銀行はこれを自働債権として訴外会社の被告株式会社平和相互銀行に対する債権をその期限の如何にかかわらず相殺し得る旨の特約を締結していた。而して昭和三九年七月二二日当時において被告株式会社平和相互銀行は訴外会社に対し現に弁済期の到来していたもの及び弁済期未到来のものを併せ総額三億一千七百六万六千二百四十円の債権を有し、他方訴外会社は被告株式会社平和相互銀行に対し本件預託金四百万円の返還請求権を含め総額七千二百四十七万九千九十二円の債権を有していた。そして同日(昭和三十九年七月二二日)訴外会社に対し原告四名から本件預託金返還請求権につき仮差押の申請が東京地方裁判所になされその仮差押命令は昭和三九年七月二二日と同月翌二三日の二回に被告株式会社平和相互銀行に送達された。かくて訴外会社は被告株式会社平和相互銀行に対する前記三億一千七百六万六千二百四十円につき期限の利益を失うに至った。そこで被告株式会社平和相互銀行は昭和三九年七月二九日訴外会社に対する前記債権を自働債権として訴外会社の被告株式会社平和相互銀行に対する前記七千二百四十七万九千九十二円の債権を対当額において相殺する旨意思表示をなしこの意思表示は同年八月一日訴外会社に到達した。かくて訴外会社の本件預託金返還請求権は相殺により消滅したものである。」
旨陳述し、原告四名の再抗弁に対し、
「一、本件預託金は本件約束手形の満期日に約束手形の所持人に支払われるべきもので相殺され得ない旨の原告四名の主張は理由がない。
二、被告株式会社平和相互銀行が東京銀行協会の東京手形交換所に提供した異議申立提供金(本件預託金を前提としてなされたもの)は昭和三九年八月上旬同交換所から被告株式会社平和相互銀行に返還され従って本件預託金返還請求権についてもその頃弁済期が到来した。かくて本件預託金返還請求権の弁済期は本件相殺の自働債権の弁済期(さきに抗弁において主張したとおり昭和三九年七月二二日)の後に到来したものであり、且つ原告四名主張の仮差押が被告株式会社平和相互銀行に到達したのは昭和三九年七月二三日であって相殺をなすに何等の差支もない。」
旨陳述し(た。)
立証≪省略≫
理由
原告等の請求原因は、原告等と被告両名との間に原告等主張のような和解が成立したことを除いて当事者間に争がなく、≪証拠省略≫によれば原告等と被告両名の間に原告等主張のような和解が成立したことを認めることができる。而して原告の請求原因によれば、被告両名は原告等に対しそれぞれ原告等主張の金員を支払う義務があるものである。そこで被告両名の抗弁について考察する。
≪証拠省略≫によれば被告株式会社東海銀行の抗弁事実を、又≪証拠省略≫によれば被告株式会社平和相互銀行の抗弁事実をそれぞれ認めることができる。これらの事実によれば訴外会社の被告両名に対する本件各預託金の返還請求権は被告両名の相殺の意思表示によりそれぞれの相殺適状となったとき、即ち被告株式会社東海銀行に対するものについては受働債権である本件預託金返還債務の履行期の到来した昭和三九年八月三日に、又被告株式会社平和相互銀行に対するものについては同被告の相殺の意思表示が訴外会社に到達した昭和三九年八月一日に、消滅したものである。被告両名の抗弁はその理由があるといわなければならない。
これに対し原告等は本件預託金は本件約束手形の各所持人に将来支払われるために保管されているという実質関係にあるものであって被告等主張のような相殺の目的たり得ないものである旨再抗弁するところ、≪証拠省略≫によれば、東京手形交換所において交換された手形で支払のなされなかったものは持出銀行に返還され持出銀行は交換所に不渡届を提出し、これによりその手形の支払人(約束手形においては振出人)について加盟銀行による取引停止処分即ち所謂不渡処分がなされるのであるがその手形を返還した銀行(支払銀行)が支払人の信用に関せざるものと認めて手形額面金額に相当する現金を交換所に提供して異議申立をなせば取引停止処分は猶予される扱いであること、而して右の異議申立は手形の支払人からの委託に基づいて且つ右提供金とするための現金の預託を受けることによって支払銀行がこれをなすものであること、右の提供金は(一)事故解消し不渡届出銀行から不渡処分取止め請求書が提出された場合、(二)同一支払人につき別口の不渡発生により取引停止処分がなされた場合、(三)事故未解消のままではあるが取引停止処分を受けるもやむを得ないものとして提供金の返還を請求する場合、(四)異議申立の日から満三年を経過した場合のいずれかの場合において交換所から異議申立銀行に返還されるものであること、異議申立提供金が交換所から支払銀行に返還されたときには預託金も亦支払銀行から手形の支払人に返還されるものであること、以上の事実を認めることができる。この事実に徴するときは、約束手形の振出人が不渡処分の猶予を得るため支払銀行に対し手形交換所に手形額面に相当する金員を提供して不渡処分に対する異議申立をしてくれるよう依頼しその提供金に使用する目的で金員を預託するのは一種の委任とその委任事務処理のための費用の支払に該当するものと解され預託金をめぐる支払銀行と手形支払人の関係は右の委任の趣旨によって定まるというべく、右の委任は専ら手形の不渡による取引停止処分の猶予を得るため交換所の定める規則による異議申立をすることであってそのほかに将来当該手形の支払がなさるべきときにおいてはその支払に充てられるという趣旨が含まれていることについては不渡処分に対する異議申立という交換所の定めた事柄のなかにはこれを認め難く本件において訴外会社が特にそのような趣旨を含めて金員を被告両名に預託したと認むべき証拠はない。要するに原告の再抗弁するような、本件預託金が本件約束手形の各所持人に将来支払うために保管されている関係に在るという事実はこれを認め難いといわなければならない。原告の右再抗弁はその理由なきものである。つぎに原告の被告株式会社平和≪相互≫銀行のみに対する再抗弁について考察するのに、右再抗弁は本件預託金返還請求権の弁済期が右預託の原因となった支払拒絶のなされた約束手形の満期日であることを前提として主張するものであるところ、本件預託金返還請求権の弁済期は原告の前記再抗弁に対する判断において認定した事実に鑑み異議申立をした支払銀行である被告両銀行が東京手形交換所から異議申立提供金の返還を受けたときであると認められる。原告の再抗弁はその前提において既に採用できないものでありその理由なきものといわなければならない。以上説明するところにより明らかな如く原告の本訴請求は被告両名の抗弁成立によりその理由なきものでありこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 中田早苗)